山内一豊の妻、千代さん(2)

nozomi612005-11-09

千代はある日、岐阜城下歩いているときに、会社で言えばまだ課長クラスであった秀吉に会いました。秀吉は、千代を見ると、いきなり馬から降りて「やあ、山内一豊どのの御内儀(妻)でござるか」と言って、声をかけてくれました。千代は、下級武士である一豊ばかりでなく、その妻である自分までを覚えていてくれたことに、ひどく感動し、「織田信長第一の出頭人」になるだろう、と見抜きました。

でも、利口な千代は、一豊に「秀吉様に仕えるように」とは言いません。(当時武士は、自分の使える主人を自主的に選んでいました。)夫の「自発的」という名誉を奪うことになるからです。千代は、秀吉に声をかけてもらった、という事実だけを夫に伝え、夫が自発的に秀吉に仕えることを選ばせるようにとっても上手にしむけました。子供に「勉強しろ」と押し付けても、素直に従う子供は少ないのと同じですね。

もちろん、一豊は千代の思う壺にはまりました。一豊は自ら秀吉に仕えることを決めたのです。ここから、一豊は出世街道を登り始めます・・・やがて、秀吉は織田家のなかでも、最重要ポジションにつくことになり、それに伴い一豊も出世してゆくのです。千代さんの先を見抜く力と、夫を上手に成功の道へ導く操縦法(?)のおかげかもしれません。

千代が母親から教えられた知恵は「男と言うものはいくつになっても子供で、生涯、子供をそだてるようなつもりで、夫を育ててゆけばよい」と習ったそうです。パートナーや会社の部下に腹がたっても、「私が未だに子供であるこの人を育ててあげるのだ」と思えば、寛大なきもちになれるかもしれませんね。

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